About Shigaraki
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信楽の街
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信楽焼の歴史
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土からうつわへ
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うつわのウンチク
信楽の街
京都、奈良についで3番目に国宝が多く存在する滋賀県。琵琶湖を中心に周りを鈴鹿山、比叡山、伊吹山に囲まれ、
美しい自然と深い歴史を堪能できます。面積670.25kuの琵琶湖は悠大で、いつも穏やかに輝いています。
その滋賀県の南端に位置するのが甲賀市。甲賀流忍者発祥の地です。(市内には当時のままの姿を残す忍者屋敷や
忍術体験のできる忍術村も。)そのなかに信楽町があります。甲賀市内でもっとも気温が低いと噂される高原地帯です。
陶器作り最適な土だけでなく、欠かせない松の木が豊富です。
また、信楽の朝宮地区では、全国五大銘茶に名を連ねている朝宮茶の栽培が盛んです。
朝宮茶は、緑茶の最高峰として歴代天皇にも献上されていたそうです。そのとき、使われた信楽の土で作られた茶壷は、
通気性があり茶葉を保存するのに最適で、信楽の陶器はお茶とともに発達したとも言われています。
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信楽焼の歴史
742年、聖武天皇は信楽に宮都「紫香楽宮」の造営を始め、大仏建立も予定されました。
しかし、災害が続き、すぐに都は平城京へ移り、「紫香楽宮」は、わずか4年間の都となりました。
このとき、信楽の街では、屋根瓦などが焼かれ、現在まで続く陶器の製造が始まりました。
その後、平安時代後半には、全国で本格的な陶器作りが始まりました。
現在、「日本六古窯」と呼ばれている陶器の街、信楽・瀬戸・常滑・越前・丹波・備前は、このときから
陶器生産の中核を成す街として発達してきました。
信楽の土は、鉄分を多く含んでいるため収縮率が大きく、又、粘性があるため、当初、釉薬をかけない
焼締めの生活雑器とともに壷や瓶などの大物が多く焼かれていました。
その後、室町後期の茶の湯全盛期には、有名な茶人たちが信楽焼の素朴な風貌に侘び寂びを見出し、
好んで使うようになったため、全国から注目を浴びることになり、信楽焼は作品としての価値を高めていきま
した。
江戸時代には茶壷の生産が盛んに、そして、商業の発達に伴い日用雑貨の類が造られるように
なりました。現在、信楽焼の代名詞にもなっている「信楽狸」も登場しました。
明治時代になると釉薬の研究も盛んになってきました。そして、昭和51年には国から伝統的工芸品として
指定され、現在に至っています。
信楽の街で見かける窯です。
何部屋もある登り窯、そして、穴窯。他に、ガス窯、電気窯などが使われています。
現在は使われていない登り窯。昭和32年〜40年まで、年に7回ほど焚かれ、大活躍していました。
役目を終えた今も、静かに街を見下ろしています。
内側は当時を偲ぶ光景です。
ガラス状になった壁。
かなり広いです。
大きな火鉢を中心に
焼いていたそうです。
ビードロ釉がびっちりと。
茶色の部分は、修復した跡だとか。
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土からうつわへ
信楽周辺には、古代琵琶湖が作り出した堆積物による地層があり、それが信楽焼、伊賀焼に使われる粘土になっています。
採集してきた土と精製して粉砕した土。粘土になる前の姿
焼き上がりサンプル。同じ炎で焼いてもこんなに違う!
無釉薬の焼締めにこだわる藤本氏は、土は命とおっしゃいます。自らの足で山を歩き、土を採取します。
また、代々続く谷寛窯では、先代が残していった土なども使われています。
各地の土、また、同じところでも地層の層によって土の性質が違います。焼いたらどうなるのか、、、、を見るためのサンプルです。
同じ窯で焼いた土の塊ですが、発色、景色がこんなに違います。
ご紹介している作家さん達は、自らのイメージに近い風合いを求め、土を混ぜ合わせて、オリジナルを創り、日々研究を重ねています。
プロのロクロ作品は、重厚なものでも軽いです。
そして、湯呑などに顕著に現れるのですが、手に微妙な強弱をつけてロクロをひき、
単調なラインでなく、程よく凹凸をつけ、持ちやすく、手に馴染む作品が出来上がります。
愛情と技術が一つ一つの器に現れている印象です。
また、土作りだけでなく、各作家さん、それぞれが求める質感、風合いに
あわせて独自の釉薬をお持ちです。釉薬作りは、化学の分野とも思える
知識と経験を必要とする作業です。自然の素材にこだわり、イロイロな種
類の木の灰を利用したり、、、完成までの過程は気が遠くなるほど、長い
長いものです。
そして、吹いたり、刷毛を使ったり、ドボンと漬けたり、、、
すべては手仕事です。
こちらは、藤本氏の窯焚きです。
話には聞いていても、実際にこの炎と器の距離を
見るとドキリとしてしまいます。
燃え盛る炎の中に置かれた作品たち。
一旦火を入れたらあとは見守るしかない・・。
藤本氏は、ヤキモノの面白さはそこにあるとおっしゃいます。途中で修正が効かない。出来上がってのおたのしみ、、、と。
確かに、他のアートには無いことですね。
藤本氏は、窯詰め作業に3日以上を費やします。朝から夜までかかって、一つの棚に作品を並べる。。。
炎の流れ、灰の飛び方を計算しながら、作品を中につめていく、、この作業が最も難しいのだそうです。
煙突から上る火柱。
これは、窯の中の温度が約1200度になったときに
だけ見えるそうです。
この時の窯焚きでは、
5昼夜、200束の薪をくべ続けました。
そして、窯出しです。
これは登り窯。
一週間の窯焚きを終え、一週間かけて熱を冷ました後、出入り口を覆っていたブロックをどけて、
2週間ぶりに作品と対面です。緊張と興奮のひと時。
藤本氏は、ここからもう一仕事です。
花器の水止め加工です。撥水用シリコンを流しいれ、水が漏れないようにします。
その後、完全に乾かせ、やっと出品準備が整います。
食器用撥水シリコンも多くの作家さんの元で利用されています。
ご紹介している作家さんたちが、お客様に器の使用前に「煮出し」などをお願いされないのは、
事前にその作業を済ませているからです。
食器用シリコンは、人体に害がないということで、既に長く使われています。
より自然な風情を求める藤本氏は、酒器を含む食器類を、昔ながらの方法で撥水加工を施します。
巨大な鍋にお米、もち米をお粥よりもっと緩い状態まで焚き、その中に器を入れ、90度の温度で30分。
こうして、土の細かな隙間を埋め、水がもらないよう、使う人がそのまま使えるようにします。
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うつわのウンチク
〜〜景色いろいろ〜〜
無釉薬の焼締めが特徴の信楽焼。藤本氏の作品に見る味わい深い景色たち。
緋色
灰が溶けてできた自然釉・ビードロ釉薬
粘土の中の長石が爆ぜて現れる石爆ぜ
ひっつき。隣に置いたものの破片が付着
貝の跡。貝を置いて焼くと赤色が残る
焦げ。灰に埋まったところが溶岩のように。
〜〜技いろいろ〜〜
窯元を巡っていて驚くのは、各作家さんのオリジナリティ。それぞれ独自の技を編み出し、器を造り上げています。
芳山氏オリジナル釉薬は
質感まで柔らかで温かい。
福田氏が独自の冷却方法で
表現する独特の渋い黒。
何手間もかけて完成させる
広田氏の絵付け。
中村氏は、土と釉薬を研究し、
強度な耐熱の器を完成。
竹口氏は、丁寧にペーパーで磨き、
角の無い優しい器作り。
最後は手で磨くという奥田さんの和紙の
手触りにこだわった白。
〜〜形いろいろ〜〜
手作りのカップは手に馴染み、唇に優しく、“ほっこり”
この口元のカーブが、口紅べっちょりをふせぎます。
えくぼや凹凸が引っかかり、手に馴染みます。
ぐい呑みは日本酒を変える!
薄い口のぐい呑みは最初の一口を甘さを感じる舌先へ運び、
厚い口のぐい呑みは、一口目をビターを感じる舌の奥へと運びます。
開いた口、すぼまった口、浅いぐい呑み、深いぐい呑み。
それぞれ異なった香りを鼻へ運びます。
〜〜組み合わせ いろいろ〜〜
信楽の器たち。洋花との組み合わせも、見事です。
谷寛窯のギャラリーにて。
野花や、ちょっと寂しい草木花が似合うのもいいところ。
自然に溶け込んでしまいそうな、焼締めの器たち、、